昭和五十四年十一月三日 朝の御理解
御理解第五十八節 「人が盗人じゃと言うても、乞食じゃと言うても、腹を立ててはならぬ。盗人をしておらねばよし。乞食じゃと言うても、もらいに行かねば乞食ではなし。神がよく見ておる。しっかり信心の帯をせよ。」
なかなか信心の帯をしっかり締める、という事は、ただ、巻き付けとれば良い、というのじゃないですから、やっぱ信心の帯をしっかりするまでには、ひとつの時間がかかるようです。先日も、北野の江口の堤さんが、最近熱心に、あゝして日参をされます。永年の信心でしたけれども、信心を分かろう、というような意欲が、非常に少なかったように思う。
おかげは頂こう、という願いは、誰でも持ってますけれども、最近は、その堤さんが、こう、信心をわかっていかれる事が楽しい。信心のわかっていく事が楽しくなってくると、家庭の中に、例えば、いろんな問題があっても、その問題を、いよいよ信心の稽古。「神様が私に求め給う修行」といったような事が、分かってまいりますから、楽な事はないでしょうけども、今迄とは考え方が違ってきた。も、日々、ここでお届けされる内容も、また、変わってきた。信心が分かってくる。
先日から、お夢を頂かれて、「ここんところの信心の帯をせよ」というところを頂いておられる。ね。お夢の中に。女の方が、帯を致しますね。お太鼓を結ぶ。あれでもやはり、習わなければ、一人では、なかなか結べませんです。ね。いや、も、一人でも結べるけれども、それを覚えなければ、一人では覚えられません。
ただ、こうやって、こう結んだだけじゃ、いかんのです。ね。やはり、その、お太鼓はお太鼓の結び道がある。男でも、角帯の角帯の、やはり結び道があるのです。ですから、その、信心の帯をせよ、と仰せられるから、しっかり信心さえすりゃ良い、というのじゃなくて、しっかりと信心の道を覚えなければいけない。神様の心がわからなきゃならない。そして、それを繰り返し行じていく、という事にならなきゃいけないのです。
昨日は、これも北野の中村さんところの孫であります、北安代さんの亡くなって、丁度、百日にあたりますので、百日祭が、ここでございました。一時の御祈念に合わせて、という事で、ございましたから、丁度、行本先生が当番でしたから、行本先生が奉仕してました。
私は、ここから、ま、一生懸命、後ろ祈念をさせて頂いて、ま、霊様の事を、お願いさして頂いておりましたら、頂きます事が、Z『例えば、十日、十日の旬日祭は、丁度ほそい道を、しかも迷路がある。どちらを曲がって良いか分からない。その曲り角、曲り角に道、ま、何ち言うですか。何とか灯籠といいますね。その曲り角、曲り角に、いうなら、こう、灯がつくようなもんだ』と、十日、十日のお祭りは。大事な事ですね。ですから。
仏教でも、お道の信心でも、そうですけども、四十九日とか五十日とかが終わるまでは、例えば、御神前に、また御仏前に、お灯を絶やしてはならない、というのも、ま、そういうところから、きたのじゃないでしょうかね。十日、十日の旬日祭は、丁度、その迷わないように、間違わないように、灯がついておるようなもんじゃ、と。ね。
それが五十日祭を終えて、百日祭ともなると、どういう事になるか、というとね。もうそれこそ、もう広い広い、ま、分かりやすく言うと、原野のような所へ出るんだ。もう広漠として、もう限りがないような所。ね。ですから、どこへどういうふうに行って良いか分からない。こうやって行きよるが、ほんに、行くとこに行くだろうか、と思うように不安の、いうならば状態の時がある。ね。
私が、お願いさしてもらいよりましたら、安代さんが、お芝居なんかでよくある巡礼お鶴の、どんどろ大師の場がございましょう。あの、白と、何ち言うですか、巡礼が着る、あの着物です。真中が赤、あれは、娘の巡礼に着せるもんだそうですね。その両方が白、中が白の、あの巡礼が来るような着物を着て、後ろに、はっきり「同行二人」と書いちゃる。
私、それを見て、本当に感動しました。もうそれこそ、あんな状態で、よう生きられる事だ、というような状態で、しかも、元気でなくなる迄、それこそ、亡くなる迄、大祓いを上げとった、というのですからね。神様を頂きに頂き、きっておる。ね。
だから、も、広漠として、どこへ、どちらへ行って良いかわからん。その時に、私が頂いたのがZ『どちらが北やら南やら』と頂いた。ふつうは、「どちらが西やら東やら」といいますよね。けども、私が昨日、頂いたのは、どちらが北やら南やら。分からないような広い所に、でるんですね。
そして、いうならば、本当の事の、いうなら、おかげを頂いてく、霊は、も、間違いのないところ。その広野を抜け切って、本当の、いうなら、合楽でいうならば、合楽世界に到達する事でしょう。ね。そして、そこでは、どちらに行ったら、いいやら分からんなりに、いうならば、ま、仏教的にいうならば、地獄に落ちていく、といったようなのもありましょう。ね。
だから本当に、遺族の者の後後の信心も大事ですけれども、本人自身が、それこそ、同行二人というような、信心を頂いておかなければ、いけないか、という事が分かります。いつも私は、神様と共にある。というのです。ね。「我、神と共にあり」という信心、を頂いておかなければ、それこそ、お先は真暗と、そんな事を言うのではないでしょうか。ね。
今朝から、私、御祈念中に頂きました事は、Z『牛蒡天』という事を頂きました。「どういう事だろうか」と思いよったら、あの牛蒡の芯に入った天ぷらがあるのは、あれは牛蒡天というですね。確か。天ぷら、今、あるでしょうかね。昔はあったです。丸い天ぷら、中に牛蒡が入っとる。美味しいですよね。あれは。
もう、それこそ、二十数年も前だったでしょうか。高芝さんの奥さんが、シャンソン化粧品を始めた時分がありましたが、次々と難儀な事が起こってくる。お届けをさしてもらうと、Z『シャンソン化粧品』と頂いタコとがあるです。ね。Z『シャンとすりゃ損する』というわけです。
信心が、どうでも本当に、信心によって助けてもらわねば、信心によって御徳を受けなければ。も、信心によって、力を受ける以外にはない人間の幸福は。と。またしかも、あの世、この世を通して、おかげの頂けるのには、なおさら、信心による他にはない、というような事が、段々分かってくる。信心がシャンとしてくるわけですね。
だから、いわゆる、お参りも、人一倍さしてもらうようになる。いうならば、御用も、お供えも、人一倍出来るようになってくる。やっぱり損します。シャンとすりゃ損する。けれども、化粧品です。もう、ますます、自分の心は、自分で、自分の心が拝みたいように、美しうなっていくわけです。
そういう過程、というものが、ね。必ずあるのです。その過程にはです。例えば、今日の御理解にあるように、本当に、信心しよんなさるけん、あちらは違う。と。もうどんどん、儲け出しなさる。人間も良か。本当に、信心しなさるけん違う。と言われるような人は、もう、本当に少ないです。
いや、少ないというよりも、ない。と言う方が本当でしょう。なぜって、信心のある者とない者の、その観点というものが違う。その次元が違うのですから。ね。見方も変わってくる。考え方も変わってくる。ですから、それは、子供と大人のようなものですから、大人のしておる事がわからんで、それを悪口を言うたり。ね。
私共、子供の時に、母やら隣の叔母達やら、熱心に信心しよりましたから、お参りをさして頂きますと、知った人というか、人が、田中さん、こんこんさんに参りよるばの。ち。こんこんなら、私げにあるばの。ち言うたような事を、言うた人がありました。
参りよる途中に、ま、にやがった人でしたけどもね。ね。こんこんさんに参りよんの。こんこんなら、私げにあるばの、ち。というような「ねーごっ言いよんの、あんた」と、例えば、いうような気がしたり、腹が立ったりするけども。「あげなこっ言うた時が、腹けえちゃならん時ばい」と言うてから、歩いて参っとりました。
まあ、どげなこっでん言うもんがおる。信心がわからんとじゃけん、あげん時、腹けえたら、も、信心のある者もない者も同じこつ、というふうに申しておりましたが、ね。そんくれな事じゃない。それこそ、ここでは、それを極端に、人が泥棒と言うても、乞食じゃと言うても、それこそ信心するもんばっかりの気持が、わからん。信心しょって、どうしたこつ。というような事が、ありますけれども、そういう時に、信心の帯をしっかり、締めなろうておきませんと、腹が立のです。ね。
そこんところを、抜けて抜けて、いうならば、小さい、その角、角にある灯によって、いうならば、五十日の間は迷わず、そこに広い原野のような所に出るように、出たならば、今度は、もう、いよいよもって、わからない五里霧中という所に、出ますけれども。そこには、日頃頂いとる信心であり、同行二人であり、もう、自分で、そこを、いうならば、合楽世界を目指して、進んで行く事が出来るように、信心生活さして頂いておる者も、やっぱりそうです。ね。牛蒡天です。
牛蒡というのは、長く苦労しとります。ね。長くて黒うしておる。いうならば、信心生活の中にです。信心の修行を言うたものです。ですから、その牛蒡のような、信心修行さして頂いとれば、おる程に、その牛蒡の信心は、どういう御用にでも、立たせて頂けれるだけではなくて、も、それこそが、あの世にも持っていけ、この世にも残しておける。という程しの、力が、徳が受けられるのです。ね。牛蒡はお惣菜にも、いいでしょう。日常茶飯時に、ね。
御祝儀ごと何かにも、必ず使うてありますね。御仏事にも使われます。どういう事の場合でも、いうならば、使えれる私達。神様が、どういう事にでも、お使い回しの頂けれる私達。御用に使うて下さい。と言うても、力がない者を使いなさる筈、ありません。ね。ですから、その力を頂く。その過程というものがです。ね。その過程に於ては、いろんな悪口を言われるような事があろうけれども。そこのところを乗り切って、行かなければいけない。という事でございます。ね。
昨日、安代さんの百日祭を、行本先生がおかげ頂いて、頂いております事が、Z『富久娘』と頂いた。お酒に富久娘、というのが、ありましょう。あれは、まだ十七か十八だったでしょうか。年令が。本当に、親に苦労をかけた。心配をかけた娘であったけれども。本当に、霊様の世界に入らせて頂いて、いうならば、霊の力を頂いて、それこそ自分で、合楽世界へ行ける程しの、おかげを頂いた。
そけこそ北家の富久娘としての働きが、出来るようになるでしょう。ね。それには、いうなら、本当に長い長い娘盛りを、あゝいう難儀な中を通らして頂いたけれども。それこそ、子供なりに、娘なりに、もう、生神金光大神様、天地金乃神様に、一心におすがりしぬいて、それこそ、息の根の切れるまで、大祓を奏上させて頂いて、亡くなった。というのです。ね。
私共の、なら、日常生活の上にもです。それこそ大祓を上げ続ける。という事は、私共の心の中に、しっかり信心の帯を締めて、いつでも、どんな時でも、金光様が出てくるような、金光様をお唱え出来るような、いうならば、日々であらなければならない。そこには、人が例えば、悪口を言うぐらいの事は、全然、気にさわらない。問題にはならない。ね。信心の帯が、しっかり締められるからで、ございます。
お互い、こうやって信心を、さして頂いとりますけれども。なら、どれ程しに、お互いの信心が、力になり、徳になり、信心の帯をしっかり、締め習うておる人が、幾人あるだろうか。と思うて見ると、これは、また、本当に、稀でございます。稀であってはならん。もう随分、合楽あたりに通うてくる人達は、もう皆が皆、これ程、ま、いうならば、噛んで含めるように、御理解頂くのですから。それが血に肉になって、いかなきゃならんのですけれども、なかなか、何と言うでしょうかね。
いうならば、「生きる元根」というところではなくて、いうなら、その手立ての所だけ。いうならば、おかげの所だけをお互いが、ね。受けたの受けなかったの。といったような事で、しまえてしまうような人も、だから沢山ある、という事です。合楽におかげ頂いて、いうなら、信心の一番根本の所をです。ね。願いとして、それを身に付けていく。
最近言われる、も、[天地のように生きたい]といったような、根本的な信心が出けておれば、例えば、今日あたりの御理解の、たとえ泥棒と言われても、乞食じゃと言われても、それこそ黙って治める、というか、天地のように生きて行く事が出来る。
昨日、皆さん帰られて直ぐ、久留米の佐田さんから、お電話を頂いた。今朝から、主人が、こういうお夢を頂きましたそうです。というて。Z『沢山な線路工夫さんが、ね。道路工夫とか線路工夫といったでしょ。あの線路工夫さんがおられる。してそこに、御飯がある。この御飯を食べたところが、もう、それこそスーット流れるように入っていって、ま、スルスル入ってしもうた。
次の御飯を頂いたところが、それは御飯であるのにかかわらず、も、味もそっけもない、という御飯であった。と。次の御飯を頂いたら、も、一口一口が、も、血肉になっていきよるように、美味しかった。しかも夢の中で、もう盛り盛りする元気が、湧いてくるのを覚えた。』と言うのです。ね。私は御理解の頂き方だと思いますね。
スーットもう、今日の御理解は、どげな御理解じゃったよ、ち言うのは、もうスウーット入っていってももただけ。本当お参りするとは、よかばってん。あそこで三十分ぐれお話聞かにゃんとが、「もう足が痛かとか」ち言うごたる人もあります。もう、せっかくお参りをして来てから、御理解を頂かんで帰る人があります。もう、も、それこそ、もういやいやで、聞きよるもんだから、お話が、も、味もそっけもない事になってしまう。ね。
んなら三度目に、佐田さんが頂かれた。という、もう、それこそ親先生のあの一言一言が、も、それこそ血になり肉になりよるとじゃろか、と思う程しに有難い。という頂き方。沢山な、その線路工夫さん達が、やっぱ食べござるけども、その美味しい、その身に力になる。というような食べ方をしてる人は、その沢山の中に、四、五人しかござらんやった。というのです。
あっ本当に、これが合楽の状態じゃろう。合楽で沢山の人が、ね。お参りをしてくるけれども、本当に、合楽で頂く御理解が、血になり肉になりしておるような方達は、そうざらには、沢山いないのだ。という事でございます。ね。そん時そん時に、腹がいっぱいになったり、食べておるだけはおる。というような状態の人は、沢山ありますけれども。一口一口が、それこそ血肉になっていく、というような事になっていない。
Z『次は場面が変わった。そこには、もう不思議な、というか、特別な、というか、も、変わったバケツが三つあって、そのバケツにいっぱい水が張ってある。それを頂いて帰らなきゃならない。サァー、この三杯のバケツの水を、どげんして持って帰るじゃろうか、と、ま、考えられた。そして、そうたい、水は、もう限りなく家にあるとじゃから、この三つのバケツを頂いて帰れば、良いのだから、と水をこぼして、三段にバケツを重ねて、持って帰った、お知らせであった。』と言うのです。
素晴らしいでしょう。みなさん聞いとって、ね。信心さしてもろうて、いうなら力を受ける、という事は、ね。おかげを受ける。という事だけではありません。お徳を受けるんです。お徳を受ける力。ね。そこに三杯の水、まあ、それこそ我情我欲がいっぱいで、どげんかして持って行こ、と思うちから、ごろごろ引いて行ったり、も、どうかして、というだけであって、そこに工夫がついてない。
まず受け物が先だ。と。その水をいっぱい、そこに捨ててしもうて、それこそおかげは降るように、とおっしゃるのだから、限りなくお恵みの水は頂けるのだ。このバケツだけを頂いて帰れば、良いのだ。とそれを、バケツをそこに返して、そして三段にそれを重ねて、持って帰ったお知らせであった。と言うのです。も、神様が微に入り細にわたって、お徳を受けていく、力を受けていく受け方を、教えておられる。と思うのです。
皆さんが、こうやって朝、毎朝聞いてくださる、この御理解がです。ね。私の信心と同時に、神様から頂いたヒントとお知らせと、私の体験とが、織り混ぜられて、聞いて頂くお話です。ですから皆さんが、はあ、ほんにそうだろう。おかげの受けられんのは、ここにあった。お徳を受ける為には、こういう生き方にならなければならない。
[シャンとすりゃソンする]と言われるが、ね。確かに、シヤンとすりゃソンするような事に、信心がなかったら、見えようけれども。そのシャンとして損していく事。その事自体が、有難いんだ、力になっておるんだ、お徳になっておるんだ。という信心になってこなきゃいけません。ね。そこにです。いうなら、北野の江口の堤さんじゃないけれども、「神様が帯をしならえ」とこうおっしゃった。ね。
その帯をしなろうて、帯をきち、と締め上げて、信心の帯をしっかり締めていかんと、「シャンとして、いうならば、損して、ね。する。」といったような時に迷いが起こったり、または人に悪口を言われたり、「信心しよる者は」というて、その、まあ、後ろ指を指す。と言ったような事も、なかろうけども。そういうような場合であっても、それを、もう物ともせんどころではない、相手の事が祈っていけれるような、心の状態。そこを抜け切って行かなきゃならない。
昨日の霊様のお祭り仕えさせて頂いて、頂いた御理解のように、ね。行く道々に灯がある。迷わんですむのである。けども、そこまで行ったら、もう後は、同行二人の信心で行けよ、というところがあるのです。神様を頂きに頂いておらんと、それこそ、そこから迷いが始まってきたり、ね。あられもない所に行ってしまったり。という事になります。
どちらが北やら南やら、わからないような広漠たる世界に、出らして頂いても、はっきりと、そこに指針がある。合楽理念に基づいて、という、その指針に基づいて、合楽の皆さんは、おかげを受けていく、お徳を受けていく、力を受けていく。と言うことになるのです。ね。
皆さん、どうぞ一口一口が、もう本当に、血になり肉になりよるような、ね。そして盛り盛り元気がでるような、ひとつおかげを頂いてもらいたいですね。どうぞ。
線路工夫というのはね。もう合楽の皆さんは、その一人一人、線路工夫という自覚に立たなきゃだめです。ね。お互いがね。そういう、なら道づくり、合楽理念という、それこそ、もう、それこそ誰でも見易う、簡単に助かっていけれる。それを世界中に、その和賀心時代を広げていこう。というような期待が、かけられておる合楽なのですから。
その信者の一人一人がです。ね。我、線路工夫の自覚に立たなきゃ、ならんのだけれども。皆さんは、線路工夫の自覚がない人は、合楽に御縁を頂いておっても、そのお夢の中に現れておるのがね。その四、五人の方達は、その頂き方の良い人達は、もう、モリモリ元気があるのだけども。他の殆どの人はね。もグシャと、しちゃる所であった。という夢の中に、それもあった。という事です。
だから、自分なグシャとしとるとじゃなかやろか、と思うてみてね。頂き方を、ま、違えないと、ね。それこそ、血に肉になる程のものを、頂いておるのですから。ね。それを頂いていく、いうなら、まあ、修行というか、工夫がいるのじゃないでしょうかね。どうぞ。